おまんじゅ4

仮にself-hommageが静かに流行ったとしても、


決してメインストリームにはならないかと。









むしろ、ならない方がいい。









「ろはす」でも、


「まいんどふるねす」でも、


手アカの付いたりゅーこーごになった時点で、


そのコンセプトはもうshikou停止への一里塚。









そこに含まれる「何か」を自分の頭で考える機会もないままに、


「あふぁめーしょん」やら「はんにゃしんぎょー」と言われるものの音を、


日々ブツブツとただ声帯を震わせて空気中に波として物理的に発しているのと同じ。









やりたい人がやりたいタイミングにやりたい方法で、


めいめい静かにやるくらいがちょうどいい。









…王道のつぶあんの鹿教湯まんじゅもいいけれど、


青えんどう豆の緑がかったあんのドドンコまんじゅもかなりお気に入り。


ドドスコスコスコ草