fushime

今日は節分。









数年前の娘がそうであったように、


倅も今ごろ保育園で豆まきを楽しんでいる頃かと。









「進振り」はもう終わったとしても、


その後の学部学科のshinro選択ではまた数限りなく分岐があるわけで。









それぞれの心の傾きに応じて、


選んだ分岐の方向へとまた更にkasoküが進んでいく。


上を向いて意気揚々と進んでいく人もいれば。


伏し目がちに歩みを進めていく人も。











おいらはもう行為としての豆まきには関心がないけれど、


昔の人たちがなぜ節分に豆まきをしようと思ったのか、


今なら何となくわかる気がする。









子どもたちも今は豆まきを楽しみながら節分とともだちになって、


やがてそんなことにふと気づく日が来るんだろうなぁと。