真実の瞬間4

以前にもブログで触れましたが、


「愛」とか「希望」という言葉を軽々しく使うことをあまり好みません。


なんだか、薄っぺらく感じるから。






表現は人それぞれなのでとやかく言う立場でもないし、


そもそもさほど興味も沸かないから構わないのですが、


「やはり愛が…」とか「希望のある未来に…」とかばかり連呼する人に出くわすと、


どういう意味でその「愛」や「希望」という言葉を用いているのかなと聞いてみたくなる。







私は言葉をちゃらけて弄ぶように軽々しく選んだり、


感情のままにネガティブな言葉を用いることが基本できません。






私の楽器は言葉であるがゆえに、


言の葉にも言の刃にもなり得る言葉に何を込めるかの重要性を、


深く自覚しているから。








「愛」とか「希望」といった言葉の代わりに、


それらの語が意味するものを看取する機会。







私にとってそれは、


誰にとっても連綿と続く、


甘くもあるが苦み走ってもいる日々の暮らしの中で、


人々が時折り魅せる「在り方」からでしかない。