総決算3

狭義な意味では、自分の内奥に向き合うって、

自分の中の無意識を覗き込むこととほぼイコールだと思っています。




意識できないがゆえに無意識と呼ばれるわけですから、

それを覗き込むというのは一般的な感覚では矛盾しています。




でもまあできました。

チラ見くらいでしたが(笑)







たぶん、以下が必要と思います。



a) カギは無意識にあることが腹落ちしている



b)内奥に向き合うのに適した環境がある(平たく言えば、独り静かにいられる環境)



c)何が見えても(汚い自分、イヤな自分とか)、受け止める覚悟がある



d)見える前と後では自分が本質的に変わり、基本もう元には戻れないことの覚悟がある



e)その上で、内奥に向き合おうという意志がある



f)その上で、半年でも1年でも待つことができる



g)その上で、待っている間は粛々とマイプランを続けている









タイミングはそれこそ意識的には選べません。




自分の頭で考え得る程度のレベルより、もっとほんとにベストなタイミングに、

ということなのでしょう。








そうして私が自分の内奥に見たもの。











それは、

真冬の深い森の中にある凍った湖の真ん中に裸足でひとり立ち尽くしているような、

自尊心の低さ。